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ディスコード

DDおたくのひとりごと

ファンになることに向いていない。

好きとか推しと呼びたいとか思う人に対してのわたしの理想は演技や容姿を除いてざっくり言うと、

 

  • 努力家(努力していることを表に出さない努力型の天才みたいな人が特に好き)
  • ファンに優しい(ありがとうをちゃんと言える人は素敵)
  • 文章が落ち着いている(絵文字や顔文字をあまり使わないちょっと素っ気ないくらいの文章が好き)

 

主にこの3つが揃っていると大体好きです。そんなドンピシャな人もそうそういないけど。だから多少盲目フィルターがかかって、この人はわたしの理想だ!って思い込んでしまっている節もあります。理想を押し付けてるんですねきっと。

わたしは好きになると基本的には盲目的に好きになって良いところしか見えなくなるタイプなので、最初は本当に嫌なところはひとつも見えていません。その良いところしか見えていない状態で見ているその人が好きなので、それが『わたしの好きな○○さん』です。勝手にわたしが作った『理想の○○さん』ですね。

しばらくは盲目状態ですが、そのうち気持ちが落ち着いてきて冷静にその人を見られるようになってきます。そうするとだんだんあれ?と思うことも増えてきます。『理想の○○さん』とのずれが生じてくるわけです。

そうすると「もしかしたらわたしはこの人のことを好きじゃないのでは?」と思うようになります。理想から少しでもずれると、違うそうじゃない、となるので許容範囲が死ぬほど狭いです。つらい。でも今までの好きだった気持ちを自分で否定することが出来なくて、必死に誤魔化して今まで通り好きだと思い込もうとしてしまいます。

その結果、しんどい思いをしておたくをすることになるわけです。

 

勝手に好きになって勝手に失望して勝手に疲れる、という悪循環辞めたいんですけどわたしの気持ちの構造上無理だと諦めています。最近は好きじゃないところを見つけると距離をとってなるべく好きなところしか見ないようにはしています。

たまに2次元で好きなタイプに当てはまっている人を好きになったりしますが、わたしが2次元で好きなタイプは俺様とかクズなのでろくなものではありません。2次元での偉そうなキャラは最高に好きですが3次元での偉そうな人は滅びて欲しいです。

 

わたしはやっぱり誰かひとりを熱心に好きになることには向いていないと思うので、良いとこどりをしていられるDDが気が楽です。だって趣味だから。趣味でくらい楽しい気持ちでいたいです。