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DDおたくのひとりごと

声優おたくとしての現況。

本命は不在だしアニメもあんまり観ないしイベント遠征もしないし、お前本当に声優おたくか???と言われそうだけど一応声優おたくです。推しもいます。ただし熱量はめちゃくちゃ低くて、出演作を片っ端から追いかけたり、ツイッターでリプライを送ったり手紙を書いたり、そういうことを一切しなくなりました。気持ち的には茶の間以下ですね。

 

推しの話ですが、私の中の推しの定義は『優先的にお金を使いたい人』で、そういう推しが3人います。好きの度合いが同率すぎてひとりに絞れない。DD乙。で、まあその推しさんたちは全員若手声優のくくりで、まだまだ一般認知度は限りなく低いというかないです。代表作は数えるほどしかないし、その作品を知らなかったら確実に誰それ?と言われるような感じです。早く売れて欲しい。

私が彼らを好きになったきっかけはいずれもステージ上での姿です。歌っているところだったり喋っているところだったり。イベント慣れしていない、感極まって泣く、周りが先輩しかいない、だけど一生懸命頑張っている。そんなの好きにならないわけないじゃないですか???私は元々現場落ちが多くて、きっと聴覚より視覚で好きになるタイプなんだと思います。それって声優おたくとしてはどうなんだろうか…。もちろん、この声のトーンが好きとかこういう演技が好きとかはあるけど、好きになった後の話だからなあ。純粋に声だけで好きになった人もいるけど、現在本命にも推しにもなっていないのでお察しです。

最近の声優はアニメに出る以外にも仕事がたくさんあるけど、私はやっぱり好きな人にはアニメに出て欲しいです。アニメってライト層も観ている場合があるからもしかしたらバズるかもしれないじゃないですか。だから、アニメで名前付きの役をやって欲しいしメインキャラをやって欲しいし、主演だってやって欲しい。正直、推しさんたちは演技が抜群に上手いわけでも声域が広いわけでもありません。それでもキャラに合っててそれがはまってたら全然構わないと思うのです。ファンのエゴでしょうか。今じわじわと仕事が増えているけれど、アニメの仕事がほとんどありません。ソシャゲにはたまに出ています。1番多いのはネット放送の番組やイベントなどの顔出しの仕事のような気がします。好きになったきっかけがステージ上の姿だったくせに、私は推しさんたちには演技の仕事をたくさんして欲しいと思っている矛盾。業が深い。

来期クールのアニメのキャストが発表されるたびに、そこに推しの名前がないのを確認して落ち込んだりすることに疲れてきました。とりあえず私に課金先をください。

 

気付いたら今年に入ってまだ一度も遠征していませんでした。声優関連の現場には2回行きました。現場に行くと若くてきゃぴきゃぴした女の子が多いので、若くもなければきゃぴきゃぴもしていない自分が行くのが場違いな気がするしあの独特の空気感が年々苦手になっていって足が遠のいています。いつの間にか現場至上主義ではなくなってしまった。でも今年まだ推しのうち1人にしか会えていないので、他の2人にもせめて1回は会いたい…。

 

リプライや手紙を書くことをしなくなったのは、何を書けば良いのかわからなくなったからです。本命だった人にはたくさん手紙を書いていたけど、内容はとりあえずめちゃくちゃ褒めていました。出演している作品がつまらなくても良いことしか書かなかった。そうしたら彼が結婚発表して炎上していたときに、『この人のファンはなんでもかんでも褒めるから調子に乗ったのでは』というような意見を目にしてめちゃくちゃ刺さりました。良くなかったことは素直に伝えるべきだったのかなって。でもただのファンが苦言を呈するのって何様って感じでは?正直推しさんたちに対してちょっとそれはどうなのって思うことのひとつやふたつあるけど、どういう風に伝えれば良いのかわからなくて友達に愚痴って気を紛らわせています。

 

そんな感じの現況です。早く私がお金を落とさなきゃって思うまでもなくなるくらいに売れて欲しい。そうしたらさっさと他界出来るのに。茶の間以下が偉そうにって感じだけど。おたくって面倒くさいな。

僕が死んだら笑って忘れてくれよ。

昔、当時好きだったバンドのボーカルが突然この世からいなくなってしまったことがあった。病気だとか体調が悪いだとかいう話は聞いたことがなかったし、普通にライブをして普通に曲作りをしていたから意味がわからなかった。

死因は「病名不詳」としか発表されず、自殺では?という噂まで流れたけど結局現在まで「病名不詳」のままだ。突発性の何かだったのかな、と思うけどなんの前触れもなく突然もういないことを事実として叩きつけられてやっぱり意味がわからなかった。

私は彼の作る曲が大好きだった。奇妙で薄気味悪くてポップでかわいくて。彼の独特の唄声もたまらなく好きだった。CDもDVDもほとんど持っていたけど、何故だか1度もライブに行かなかった。行けるチャンスはいくらでもあったけど、そのたびに後回しにしていた。そうしたらとうとう2度と彼に会えなくなってしまった。なんでいかなかったんだろう、あのとき行くつもりだったのに、行けば良かった。今更後悔している自分が心底馬鹿だと思った。今でも思っている。

彼の誕生日や命日が来て彼のことを思い出すたびに後悔しているし、きっと一生後悔したままなんだと思う。彼がいなくなってもバンドは続いているし、行こうと思えばそのバンドのライブには行けるけど、ボーカルの立ち位置に彼がいないから意味がない。私は彼がボーカルだったそのバンドが好きだった。

もう後悔するのは嫌なので、好きになったら1度だけでも現場に行く、というのはそれからずっと心に決めている。もっと行けば良かった、と思うことは今でもあるけど、あのとき行っておいて良かった、とも思えるようになったから救われている。

 

ついこの間、同じようなことがあった。違うのは、その彼は7年前に病気になってそれからずっと闘病生活を送っていた、ということだ。だからいつかこんな日が来ることをわかっていたし、最近は薄々気付いていた。結果的に最後になってしまったライブで1曲しか唄えなかったことや、SNSの更新が止まっていたこと。でもやっぱり意味はわからなかった。

私が最後に彼が唄っているのを観たのは7年前の、彼が病気になる前だ。だから術後の影響でギターを弾けなくなって杖を突きながら唄う彼を知らない。私の中では彼はずっとギターボーカルだ。

7年の間になんでライブに行かなかったか、というのは多分ギターを弾けなくなった彼を観たくなかったからかな、と思う。でも今はやっぱり1回くらい行けば良かったと思っている。元気なころの彼をたくさん観たから後悔はしていないけど。

最近聴いてなかったな、と思って彼がいなくなってから久しぶりに彼の作った曲を聴いた。暗い曲ばっかりだけど、10代後半の私はこの曲たちに助けられていたなあと思い出して切なくなった。1番好きだったのは雨の曲だった。

 

引退も解散も悲しいけど、2度と会えないのが1番悲しいからみんな元気で生きていて欲しい。生きていてくれたらまた会えるかもしれないから。

ファンになることに向いていない。

好きとか推しと呼びたいとか思う人に対しての私の理想は演技や容姿を除いてざっくり言うと、

 

  • 努力家(努力していることを表に出さない努力型の天才みたいな人が特に好き)
  • ファンに優しい(ありがとうをちゃんと言える人は素敵)
  • 文章が落ち着いている(絵文字や顔文字をあまり使わないちょっと素っ気ないくらいの文章が好き)

 

主にこの3つが揃っていると大体好きです。そんなドンピシャな人もそうそういないけど。だから多少盲目フィルターがかかって、この人は私の理想だ!って思い込んでしまっている節もあります。理想を押し付けてるんですねきっと。

私は好きになると基本的には盲目的に好きになって良いところしか見えなくなるタイプなので、最初は本当に嫌なところはひとつも見えていません。その良いところしか見えていない状態で見ているその人が好きなので、それが『私の好きな○○さん』です。勝手に私が作った『理想の○○さん』ですね。

しばらくは盲目状態ですが、そのうち気持ちが落ち着いてきて冷静にその人を見られるようになってきます。そうするとだんだんあれ?と思うことも増えてきます。『理想の○○さん』とのずれが生じてくるわけです。

そうすると「もしかしたら私はこの人のことを好きじゃないのでは?」と思うようになります。理想から少しでもずれると、違うそうじゃない、となるので許容範囲が死ぬほど狭いです。つらい。でも今までの好きだった気持ちを自分で否定することが出来なくて、必死に誤魔化して今まで通り好きだと思い込もうとしてしまいます。

その結果、しんどい思いをしておたくをすることになるわけです。

 

勝手に好きになって勝手に失望して勝手に疲れる、という悪循環辞めたいんですけど私の気持ちの構造上無理だと諦めています。最近は好きじゃないところを見つけると距離をとってなるべく好きなところしか見ないようにはしています。

たまに2次元で好きなタイプに当てはまっている人を好きになったりしますが、私が2次元で好きなタイプは俺様とかクズなのでろくなものではありません。2次元での偉そうなキャラは最高に好きですが3次元での偉そうな人は滅びて欲しいです。

 

私はやっぱり誰かひとりを熱心に好きになることには向いていないと思うので、良いとこどりをしていられるDDが気が楽です。だって趣味だから。趣味でくらい楽しい気持ちでいたいです。